演奏会のお知らせ
2025年11月01日 22:45
伊勢管弦楽団では、2026年5月5日(火)に、第44回定期演奏会を開催いたします。皆様のご来聴を心よりお待ち申し上げます。伊勢管弦楽団 第44回 定期演奏会曲目: 武満徹 波の盆 マーラー 交響曲第10番(Gamzou版)指揮:大谷 正人日時:2026年5月5日(火・祝日) 開場:13時20分 開演:14時00分場所:三重県文化会館 大ホール入場料:2,000円(前売り1,500円) 高校生以下は無料
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2025年11月01日 18:38
亀山音楽協会主催コンサートに出演します。2026年2月15日(日)14:00開演(13:30開場)亀山市文化会館大ホール入場料 全自由席1,000円エルガー 弦楽のためのセレナードより第1,2楽章ビゼー 「アルルの女」第1組曲R.シュトラウス 「4つの最後の歌」より「春」プッチーニ 「ラ・ボエーム」より「私の名前はミミ」 「蝶々夫人」より「ある晴れた日に」シューマン 交響曲第3番「ライン」指揮 大谷正人ソプラノ 伊藤安未(亀山市出身)皆さまお誘いあわせの上ぜひご来場ください。
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指揮者の部屋
2014年10月26日 03:34
ベートーヴェン(1770-1827)の数多い傑作の中で、後期すなわち1818年から1826年という9年間に作曲された作品は、その深さ、自由さ、歌にあふれていること、宗教性すなわち現実を超えた永遠や宇宙への視点などにより、ベートーヴェンの音楽にさらに際立った高みをもたらしています。ベートーヴェンにとって、初期から中期への発展・飛躍をもたらしたのは、聴覚障害の発症、演奏家活動の断念であり、中期から後期に作風がかわるきっかけは、「不滅の恋人」との別れ、結婚の断念でした。至高の約30曲の後期作品の中で、オーケストラ、あるいは合唱で演奏されるのは、交響曲第9番とミサ・ソレムニスだけです。
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2014年08月31日 20:34
はじめに
フォーレ(1845-1924)は室内楽、歌曲、ピアノ曲のジャンルで素晴らしい傑作を多く残した大作曲家です。ただ以下に名前があがっているドビュッシーのようにフォーレの音楽をサロン音楽として、批判する人たちも一部にはいました。しかし、フォーレの音楽のもつ優しさ、高貴さ、繊細さ、そして現世の利害などではない、もっと遠く深い世界をみつめるその姿勢などは、他の作曲家にはないフォーレ独自の魅力であり、フォーレのレクイエムをはじめとする傑作は、将来にわたっても、忘れ去られる事はありえない永遠の輝きをもった音楽だと思います。
フォーレの管弦楽作品は、劇音楽が中心です。1893年にフォーレはサン=サ
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2014年03月31日 06:45
楽譜1 楽譜2 楽譜3
はじめに
マーラーの交響曲第4番は、マーラーの偉大さが幅広く認められるようになる前のLPの時代から演奏されたり録音されたりする機会も比較的多く、マーラーの11曲の交響曲の中でも時の流れを越えて人気の高い曲の1つです。マーラーの友人でもあり弟子でもあり、現在のマーラー人気を引き起こすにあたって最大の貢献をした指揮者であるブルーノ・ワルターも、この交響曲第4番を最も数多く録音しました。しかし初演時の評判は悪く、それはメルヘンのような曲でありながら、最後はppで消えるように終わり、また天使と死が同時に現れる
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2014年03月01日 12:16
はじめに
伊勢管弦楽団ではチェコ出身の作曲家の音楽を数多く取り上げてきています。これまでに32回の定期演奏会で演奏してきた作曲家を出身国で分類すると、西洋近代の管弦楽作品の基盤を作ったドイツ・オーストリア系の作曲家は別格として、他の作曲家を地域別にみると、これまでロシア系(チャイコフスキー、ラフマニノフなど)が7回、フランス系(ラヴェル、フォーレなど)が6回に対して、チェコ出身の作曲家は、マーラーを含めると昨年までになんと14回(ユダヤ人であるマーラーを除いても6回)と、非常に多くの作品を演奏してきました。しかし、これまで演奏してきたチェコ出身の作曲家と比べると、今回のヤナーチェクは同じチェ
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2013年08月04日 19:59
はじめに
今回の指揮者の部屋では、ヨハン・シュトラウスについてご紹介いたします。ヨハン・シュトラウスの名前は有名ですが、日本語による伝記などは意外と非常に少ないです。シュトラウス・ファミリーについても、ヨハン・シュトラウス二世がワルツ王で、父親も同じヨハン・シュトラウスという名前、弟ヨゼフ・シュトラウスも「天体の音楽」などよく似たワルツを作曲している、という程度の一般的認識ではないでしょうか。「こうもり」とウィーン・フィルによるニューイヤー・コンサート(始まったのはオーストリアがナチス・ドイツに占領された1939年です)がなければ、ワルツ王のヨハン・シュトラウス(二世)ですら19世紀ウィー
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