三重県伊勢市を本拠地として活動するアマチュアオーケストラです。
ヴァーグナーのパルジファル
2017年04月09日 21:30はじめに
リヒャルト・ヴァーグナーについて、その音楽や人間に関する好き嫌いはあっても、音楽の圧倒的な存在感、巧みな過剰なほどの心理表現能力、音楽・文学・演劇の完璧な融合、後世への影響力などからみて西洋音楽史上最も重要な一人ということに異論を唱える人はほとんどいないでしょう。ヴァーグナーの作品で現在よく演奏されるのは10曲余りしかありません(全部で16時間くらいかかる「ニーベルングの指輪」4部作を4曲とみなしてですが)。とは言っても、その10曲余り全てが素晴らしく、全ての楽劇において、ヴァーグナー自身が台本も作っているという点でも、他に比べようがない大作曲家ということになります。
今回演奏する「聖金曜日の音楽」は、ヴァーグナー最後の作品「パルジファル」第3幕の最も重要なところで演奏される音楽です。そこで今回の指揮者の部屋では、ヴァーグナー、パルジファル、聖金曜日の音楽、という3つの視点から、述べさせていただきます。
Ⅰ ヴァーグナーについて
ヴァーグナー(1813―1883)は、ドイツのライプツィヒで生まれた。父親のカール・ヴァーグナーは生後まもなくの頃に亡くなり、母親のヨハンナはカールと親交のあったルートヴィヒ・ガイヤーと再婚した。ヴァーグナーは十代の中頃にベートーヴェンの音楽に感激し、音楽家を志すようになった。若い頃は劇場指揮者をしながら「リエンツィ」「さまよえるオランダ人」「タンホイザー」などを作曲したが、浪費癖もあり借金を重ねていた。指揮者として当時の最大の業績は、ベートーヴェンの交響曲第9番の演奏であった。当時ほとんど忘れられていたベートーヴェンの第9を復活させたのは、ヴァーグナーの功績であった。
1849年にドレスデンで起こったドイツ3月革命に参加したが、その運動は失敗したため、ヴァーグナーはドイツで指名手配されてスイスに亡命し、チューリヒで約10年間亡命生活をおくった。チューリヒで庇護を受けていた豪商ヴェーゼンドンクの夫人マティルデと不倫の関係になって、その経緯も影響して「トリスタンとイゾルデ」のような傑作を作曲している。1860年にはドイツ諸邦への入国が許可されてドイツにもどり「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を作曲した。1860年代には、長く疎遠になっていた妻ミンナの病死、そしてリストの娘で大指揮者ハンス・フォン・ビューローの妻コジマとの結婚(事実上の略奪婚)もあった。1872年~1876年にはバイエルン国王ルートヴィヒ2世の援助のおかげでバイロイト祝祭劇場の建設が行われ、「ニーベルングの指輪」が上演された。1882年には「パルジファル」を完成したが、翌1883年のヴェネツィア旅行中に亡くなった。
Ⅱ パルジファルについて
パルジファルはヴァーグナー最後の楽劇であり、1877年から5年間かけて完成された。ヴァーグナーはこの楽劇を舞台神聖祝典劇とし、バイロイト祝祭劇場以外での上演を禁止した。このような特殊な経緯の中で作曲された曲であり、そのストーリーはおおよそ下記のようになっている。
第1幕
アンフォルタス王は、魔術師クリングゾルの手先であるグンドリに聖槍(キリストの脇腹を突いた槍)で傷つけられた。傷はなかなか治らず、血が流れ続けており、王の傷を癒すのは、聖なる愚者だけだと言われていた。老騎士グルネマンツは、白鳥を射た罪で捕まった一人の若者パルジファルが、この愚者かもしれないと考え、王の傷を癒すために城に連れていく。しかし、パルジファルは王の前に出ても立ち尽くすばかりで何の役にも立たない。
第2幕
アンフォルタス王に傷を負わせたクリングゾルの城を訪れたパルジファルは、絶世の美女の誘惑を受けるが、心を動かされることがない。その上、この誘惑こそがアンフォルタス王を傷つけた元凶であることを悟る。クリングゾルは、パルジファルに聖槍を投げつけるが、その聖槍はパルジファルの頭上で止まり、クリングゾルの城は崩壊する。
第3幕
聖槍を持ち帰ったパルジファルは、グンドリを浄める。彼女は、かつてイエス・キリストに嘲笑を浴びせたことがあり、死ぬことが許されず時空をさまよっていた呪われた女性であった。グルネマンツは「これこそ聖金曜日の奇跡」と歌う。パルジファルが、その聖槍でアンフォルタス王の傷口に触れると、傷はたちまち癒える。パルジファルは聖杯(キリストが最後の晩餐でワインを飲み、処刑された時その血液を受けたとされる杯で、その杯で清らかな水を飲むと永遠の生命が与えられるとされている)をかざして、人々に祝福を与える。
Ⅲ 聖金曜日の音楽
聖金曜日とは、キリスト教用語で、イエス・キリストの受難と死を記念する日である。イエスは4月のある金曜日に亡くなったと言われている。ちなみにその2日後の日曜日にイエスは復活している。ドイツでは、4月の金曜日にバッハのマタイ受難曲が演奏されることが多いが、パルジファルも聖金曜日の奇跡を扱う題材であることから、4月の聖金曜日の前後に上演されることが多い。
パルジファルの中で「聖金曜日の音楽」は第3幕の半ば過ぎで演奏される。パルジファルがグンドリに洗礼を施し、グンドリが泣きながらひれ伏して、永遠にのろわれた彼女が救済される場面で演奏される音楽である。この曲のドイツ語名はKarfreitagszauberなので、「聖金曜日の不思議」とか「聖金曜日の奇跡」とか色々な訳があるが、今回のプログラムでは「聖金曜日の音楽」とした。パルジファル全曲の中では、歌も最初から入っており、そのまま次の音楽に流れていくが、オーケストラだけで演奏される「聖金曜日の音楽」は独立した管弦楽曲として聴きやすいように編曲がなされている。Breitkopf & HärtelのスコアにはWouter Hutschenruyterによる編集と書かれており、おそらくはヴァーグナー自身によるものではないと思われる。
奇跡が意味するところについては、アンフォルタス王の傷口が治ったことではなく、その前に永遠に呪われた女性であるグンドリが、パルジファルによる洗礼によって救われたことをまずは指している。「聖金曜日の音楽」は、「パルジファルの動機」で荘重に始まり「信仰の動機」と続き、「天使の動機」(祝福の動機とも言われる)が中心的に展開されるが、パルジファル全曲の中でもとりわけ美しい音楽である。
おわりに
平成29年になって3回連続で、第36回定期演奏会曲目の魅力について、微力ながら書かせていただきました。伊勢管弦楽団では、5月28日の定期演奏会後の予定として、平成29年12月10日に松阪市のクラギ文化ホールでベートーヴェンの交響曲第9番などを演奏します。ベートーヴェンの第9については、これまで指揮者の部屋で紹介してきましたので、新しい原稿は計画していませんが、ご来聴いただけましたら非常に嬉しいです。
伊勢管弦楽団 音楽監督 大谷 正人
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