三重県伊勢市を本拠地として活動するアマチュアオーケストラです。


メンデルスゾーンの交響曲第5番「宗教改革」

2022年11月13日 13:45

Ⅰ はじめに

 伊勢管弦楽団では、2022年12月25日のクリスマスに「宗教改革」交響曲を演奏する機会をいただきました。メンデルスゾーンの生涯については、以前に指揮者の部屋で紹介し、拙著にも転載しましたので、ご一読いただければ幸いです。ベートーヴェンの第9交響曲第4楽章の前に「宗教改革」を演奏するという意図としては、ベートーヴェンが第9で歌い上げている人類愛とメンデルスゾーンのキリスト教への傾倒に共通する要素が少なくないことがあります。そこで、「宗教改革」の成立の背景から述べたいと思います。

Ⅱ 「宗教改革」交響曲の成立の背景

 メンデルスゾーンは、1809年2月3日にハンブルクで生まれた。父のアブラハムは1816年にユダヤ教からキリスト教(ルター正教会)に改宗した。改宗の動機としては、子どもや孫をユダヤ人に対する人種的迫害から守りたいという祖父モーゼスの意向があった。音楽的才能と教育に恵まれたメンデルスゾーンは、子どもの時からバッハの音楽を学ぶ機会が多かった。

 1829年は、メンデルスゾーンにとって重要な年となった。まず3月11日にベルリンでバッハのマタイ受難曲を20歳の若さで復活演奏の指揮をした。マタイ受難曲は現代ではバッハの最高傑作であるだけでなく、古今のクラシック音楽の中で、とりわけ永遠の生命をもつ作品と認められているが、バッハが1729年に初演し、1742年頃に再演した後、100年近くの間、演奏されることがなかった。それだけにマタイ受難曲の復活演奏は、画期的な出来事であった。復活公演の前にメンデルスゾーンは、マタイ受難曲について十分に研究し、バッハの楽譜通りではなく、19世紀当時のオーケストラの編成に変更して演奏した。1829年夏以降のイギリス滞在中に、ルターによる宗教改革300年祭(正確にはアウグスブルク信仰告白起草300年祭)のために交響曲の作曲を計画し、1829年の秋から本格的に作曲を進めた。ただ1830年の300年祭式典は、政治的情勢やカトリック教会からの抗議によって中止となり、メンデルスゾーン自身が「宗教改革」と名付けたのは1832年にメンデルスゾーン自身の指揮でなされた初演の後であった。なお「宗教改革」交響曲は、メンデルスゾーンが2番目に完成した交響曲であるが、出版されたのが5番目であったため、今日でも交響曲第5番となっている。

Ⅲ 楽曲分析

1.第1楽章

 第1楽章の序奏(アンダンテ)は、宗教改革を象徴した内容となっている。冒頭のヴィオラ、チェロなどにより5度ずつ上昇しながら繰り返される天に昇っていくような動機(譜例1)は、アーメンと何度も歌っているようで、続いて管楽器で奏でられる2つの動機(譜例2,3)は、ミサの祈りの言葉のようでもある。譜例2の動機は、コラール主題1として、後の楽章でも重要な役割を果たす。序奏の最後に現れる「ドレスデン・アーメン」(譜例4)は、17世紀頃からドレスデンの宮廷礼拝堂で用いられたアーメンである。

主部となり、中心的役割を果たす第1主題(譜例5)は、譜例2,3の動機との関連が強い。第2主題(譜例6)は、冒頭の増4度の音程を除き、穏やかな性格のものである。第1楽章は全体的に悲劇的性格の強いものとなっており、展開部では、序奏の動機(譜例3)が重要な役割を果たしている。クライマックスとなる盛りあがる所では減7の和音が多用されている。曲の最後はアーメン終止で荘重に終わる。

2.第2楽章

第1楽章と対照的に明るく軽快なスケルツォ楽章であるが、主要主題(譜例7)はコラール主題1と同じ下降音程からできている。天からキラキラと音がふり注ぐような雰囲気となっている。

3.第3楽章

メンデルスゾーンは無言歌を15年間にわたって49曲も作曲しているが、第3楽章は、アンダンテのテンポによるト短調の無言歌のような楽章である。しかし楽章の後半では、音楽がより内面化して無言歌というより祈りの雰囲気が色濃くなり、楽章の最後で、第1楽章の第2主題を回想し、そのまま第4楽章に移行する。

4.第4楽章

序奏は、Choral:Ein veste Burg(ein veste Burgはドイツ語で「頑丈な城」という意味)と記されているが、このコラールは、ルターが1529年に作曲したといわれるコラールで、日本讃美歌にも267番「神はわがやぐら」として載っているものである(譜例8)(コラール主題2)。アレグロ・ヴィヴァーチェの主部においても、コラール主題2は冒頭、及び最後のコーダに相当する部分で重要な役割を果たす。第2主題(譜例9)は、喜びに満ちた性格のもので、第2主題の後半はコラール主題1と関連がある。第4楽章を特徴づけているのはフーガ主題(譜例10)である。この主題は、第4楽章の主部冒頭の主題からとられているが、フーガの多用は、やはり音楽史上でキリスト教(プロテスタント)のために最大の貢献をしたバッハに対する尊敬から来ていると思われる。曲の最後は教会の鐘がなり響くような祝典的な雰囲気の中「神はわがやぐら」の主題で力強く終わる。

おわりに

 「宗教改革」交響曲の作曲については、前述したようにマタイ受難曲研究の成果は大きかったでしょう。この曲は20歳という若さで作曲された曲であり、メンデルスゾーン自身、曲の仕上がりに満足できなかったこともあり出版が遅れましたが、コラールのようなキリスト教的音楽表現を交響曲の中にとり入れた最初の傑作という意味で、後のブルックナーやマーラーの交響曲の先がけとなる若き時代のメンデルスゾーンの意欲的な名曲ではないでしょうか。伊勢管弦楽団が「宗教改革」交響曲を演奏するのは、第4回定期演奏会に続いて2回目ですが、これまでのマーラー、ブルックナー体験なども糧として、2022年12月25日での演奏が皆様の心に残るものとなることを願っています。




—————

戻る