三重県伊勢市を本拠地として活動するアマチュアオーケストラです。
ベートーヴェンの交響曲第3番変ホ長調「英雄」
2023年05月07日 17:55「奴もまた俗人であったか!」ナポレオンが皇帝の座に着くや、激昂したベートヴェンは楽譜の表紙を破り捨てたという。現存する浄書譜表紙の「ボナパルト」の文字が削り取られ、イタリア語で「Sinfonia eroica」とベートーヴェン自身が書き直しているのを見れば、この逸話も事実なのだろう。ウィーンから見れば敵将のナポレオンを、世間の非難に屈せず賞賛していたところにその精神を解く鍵がある。彼は世界的視野で、共和制の時代を担う人間像を待望していたのではないか。イタリア語の「eroica」は形容詞で、「Sinfonia eroica」とは本来、「英雄交響曲」というより「英雄的交響曲」という意味合いが強い。フランス革命における市民階級の立ち上がりを、ウィーン王宮のお膝元からリアルタイムで見ていたベートーヴェンが真に惹かれたもの...それは個人崇拝ではなく、新しい時代の英雄的な人間像~自ら自由を獲得する市民の姿~だったのではないか。すべての答えはこの音楽の中にある。
第1楽章 Allegro con brio 変ホ長調 3/4拍子
総奏で主和音を2回鳴らした後、チェロが分散和音からなる第1主題を出す。さらに木管・弦楽器の中を受け渡されていく下降音型の動機や、美しく穏やかな性格の第2主題が現れる。これら簡素な構成要素が、ヘミオラなどの複合リズムや不協和音など、当時としては革新的な語法を取り入れながら、壮大な音楽へと展開する。この楽章はベートーヴェンの交響曲の第1楽章として最大規模(第9よりも!)で、その内容はリズムや和声の常識を意図的に破り、緊張感と推進力に満ち、聴衆をいきなり空前のスケールに引き込む。
第2楽章 Adagio assai ハ短調 2/4拍子「葬送行進曲」
冒頭でコントラバスが前打音で、足を引きずるような印象の独立した役割を担う。主旋律がバイオリンからオーボエに移ると、弦楽器は涙でつまづくような3連符を繰り返す。トリオはハ長調となり、楽しい日々が回想ざれる。再びハ短調に戻ると、第2バイオリンから荘重なフーガが始まる。突然低弦が轟音を鳴らすと、戦場を思わせるトランペットが響く。最後にバイオリンが、死にゆく人の言葉のように、主旋律を息も絶え絶えに弾いて曲を閉じる。音楽が、貴族の娯楽から市民の芸術作品へと昇華したことを象徴する楽章である。
第3楽章 スケルツォ Allegro vivace 変ホ長調 3/4拍子
ベートーヴェンは交響曲第2番で、第3楽章に典雅なメヌエットに代えて史上初のスケルツォを導入した。今作ではAllegro vivaceと更にテンポを速め、疾走感を高めている。弦楽のざわめきの中、オーボエが主題を出す。ベートーヴェン独特の「拍子崩し」を随所に仕込み、主題は自由に発展し躍動する。トリオは、これまた史上初の3本のホルンによるアンサンブルである。後世の作曲家たちはこれ以降、英雄を象徴する楽器としてホルンを、調性は変ホ長調を選ぶようになる。やがてスケルツォが再現し、第2楽章とは対照的にffで終わる。
第4楽章 フィナーレ Allegro molto 変ホ長調 2/4拍子
ベートーヴェンが得意とした変奏曲形式で、自作のバレエ音楽「プロメテウスの創造物」終曲を主題にしている。音階を激しく動き回る急速な導入部に続き、「プロメテウス」主題の低音部が弦のピチカートで出され、少人数の弦で室内楽的に変奏する。第3変奏で初めて「プロメテウス」の主題をオーボエが歌う。これがハ短調で展開されフーガとなる。フルートが活躍する第4変奏、トルコ行進曲風の第5変奏を経て、自由な展開部へと移る。落ち着いたテンポの第6変奏の後、最終の第7変奏で壮大な全合奏となる。コーダの後半で、導入部のような音階的な激しい動きとなり、堂々たる主和音を鳴らして終わる。
—————