三重県伊勢市を本拠地として活動するアマチュアオーケストラです。


マーラーの交響曲第6番の楽曲分析

2019年03月16日 22:08

譜例はこちらからダウンロードしてご覧ください。


はじめに

マーラーの交響曲第6番は、ベートーヴェンが完成させた交響曲の古典的形式の中に、19世紀末の大管弦楽によってロマン的情感をこめられて作曲されました。その楽曲構造に少しでも迫りたいと思います。なお、今回の原稿によって、指揮者の部屋の原稿は50稿を超えました。この企画を発案し、ホームページで掲載を設けてくださっている北岡さん、いつも読んでくださっている皆様に心より御礼申し上げます。


Ⅰ 動機による全曲の統一性と全曲のバランスについて

 マーラーの交響曲第6番で際立った特徴は、一つの動機によって、全曲をまとめようとする試みである。すなわち譜例1にあるように、イ長調の主和音からイ短調の主和音にそのまま移行するというもので、第1楽章に始まり、スケルツォ楽章、第4楽章で次第に回数が多くなっていく。パターンとしては2つあり、和音の変換(同名調の長調から短調への変換)だけのものと、譜例1の低音部にあるようなティンパニによるリズムの動機を伴うパターンである。ティンパニの強打によるリズム動機を伴うと、その衝撃は深くなる。回数を数えてみると第1楽章で4回(和音の変換だけが2回、リズム動機付が2回)、スケルツォ楽章では、すべて和音の変換のみで7回(楽章の最後に頻出する)、終楽章でさらに増えて11回(和音の変換だけが5回、リズム動機付が6回)となっている。和音変換については、すべて長調から短調への変換で、その逆は1回もない。移行の際の強弱については、第1楽章、スケルツォ楽章では基本的にfからpに減衰するパターンであるが、終楽章では、楽器によって異なり、一部の楽器の音量が減衰し、他の楽器の音量が増大するなどというように、音色の変化が多彩になり、悲劇性が高まっていく。また、この動機が現れないアンダンテ楽章においては、例えばC→As→G→Fという旋律が、いきなりCesAs→G→Fに移行すること(和音でいうと、この例では変ホ長調の下属和音から変ホ短調の下属和音への変換)、あるいはその逆の短調から長調へというパターンが奏でられることで、秘かに前述の動機との関連が示唆されており、印象的である。

 楽章ごとのバランスについては、第1楽章は提示部を反復しないと17~18分、第2,3楽章は、それよりやや短い長さであるのに対して、第4楽章は30分を超え、編成面においては第4楽章でトランペットが2人、トロンボーンが1人追加になり、ハンマーなどの特殊打楽器も加わるなど、明らかに終楽章に重点が置かれた曲となっている。マーラーの交響曲は、第2番、第8番、「大地の歌」など終楽章に重心のある曲は、他にもあるが、純粋に器楽だけの楽曲では、第6番は異例の規模であり、第4楽章の極限にまで達した劇的表現のすごさもあり、この曲の価値は終楽章によって、限りなく高くなっているといえるだろう。

 以下の楽曲分析では、あえて第2楽章をスケルツォ、第3楽章をアンダンテ-モデラートとしたが、その理由は前回の指揮者の部屋で述べた通りである。


Ⅱ 各楽章の分析

1.第1楽章

 第1楽章は、厳格なソナタ形式によっている。マーラーのほかの交響曲でもしばしばみられるように、葬送行進曲のように始まるが、激しく勇壮であり、譜例2の第1主題のように跳躍音程の多さ、譜例1の中心動機とも関連するような付点8分音符のリズムが特徴的である。この第1主題の途中で譜例3のように、スケルツォ楽章で頻繁に現れる動機も含まれている。これに対して、第2主題(譜例4)はアルマ・マーラーの回想によると、アルマを象徴する主題といわれてきたが、マーラーが本当にそのように語ったか、その言葉の真偽の程は定かではない。非常に情熱的で魅力的な主題であることは明らかであり、生への願望を象徴しているとも考えられる。

 この第1楽章では、対照的な性格の第1主題と第2主題の間にコラール主題(譜例5)が置かれているが、展開部では、このコラール主題に導かれて、穏やかで憧憬にあふれた旋律(譜例6)が木管楽器によって奏でられる。ここでは現実を超えた世界となっている。また、この旋律の前後では、舞台裏に置かれたヘルデングロッケンと、チェレスタの音により、別世界としての響きが強調される。しかしそのような静寂の世界はすぐに打ち破られ、闘争的な世界にもどされる。楽章の最後は、譜例4の第2主題がイ長調で展開されて、一見勝ち誇ったかのように華々しく終る。

2.第2楽章 スケルツォ

 第2楽章はABABAという形の複合2部形式になっている。主部では、この楽章も第1楽章の冒頭と同じように、行進曲あるいは死の舞踏という雰囲気で荒々しく演奏される(譜例7)。その後、第1楽章の譜例3から変奏された動機、あるいは譜例8の動機が続くが、譜例8の動機は第2楽章中間部の後半で印象的に木管でゆったりと歌われ、また第4楽章の序奏でも形をかえて何度も現れる。

 中間部は譜例9のように拍子がめまぐるしくかわる。アルマの回想録によると、この旋律は「砂場の上をよちよち歩きをする二人の子ども」の姿を描いているとされているが、回想録のこの記述も、マーラーが本当に語ったのかどうか不明である。やはりアルマによる交響曲第6番の解釈(私小説化)ではないだろうか。スケルツォ楽章の中間部は、4拍子系と3拍子系が混在しているが、基本的には、マーラーが好んだレントラー(3/4拍子の南ドイツの民族舞踊で、18世紀末頃まで、現在のドイツ、オーストリア、スイスにあたるドイツ圏南部一帯で踊られた)の一つの変容と考えた方がいいのかもしれない。この第2楽章の最後は、オーケストレーションが極めて簡素となり、マーラーを尊敬した、十二音技法の作曲家であるヴェーベルンによる、音色旋律にもつながっていく先駆的な箇所である。その所で譜例1の動機が何度も出現し、孤独なこの世からとり残されたような雰囲気をつくる。

3.第3楽章 アンダンテ‐モデラート

 闘争的な第1楽章、スケルツォ楽章とは異なり、穏やかだが情感にあふれた歌に満ちた楽章である。いきなり現れる主題(譜例10)は、穏やかな性格であるが、変ホ長調の和音外である変へ(Fes)、変ト(Ges)、変ハ(Ces)などの音が挿入されており、変ホ短調の響きをかもし出すことにより、譜例1の動機をひそかに示唆している。

 この第1主題に対して、さらに暗い第2主題(譜例11)からは、この世から忘れ去られ、悲哀の中にたたずむような雰囲気となる。このアンダンテ楽章では、先の交響曲第6番についての原稿でも触れた、ヘルデングロッケン、チェレスタが活躍する。特に、木管楽器、ホルンのソロによって第1主題が再現された後で、まずチェレスタなどによる、ユートピアの世界が表現された後、ヘルデングロッケンの響きに導かれて、曲は信じがたい程の高みに昇っていき、最後は変ホ長調の和音の中に消えていく。

4.第4楽章

 この巨大な終楽章は、ソナタ形式によっている。序奏が113小節、提示部が221小節、展開部が183小節、再現部が252小節、コーダが49小節と、コーダ以外、すべて長大である。

 ゆったりしたテンポの序奏では、まず譜例12の旋律が第1ヴァイオリンによって演奏される。これは、上昇、下降の大きな弧を描いているような旋律で、この楽章の節目となるところで、3回、変奏されたものを含めると計4回現れる重要なものである。そして、主要な3回はすべて譜例1の動機を伴う。次に、チューバによって演奏される譜例13や木管による譜例14の動機も重要な役割を果たす。また、ホルンによる譜例15の主題は、提示部、再現部で希望を象徴する第2主題(譜例18)の先駆けとなっている。長い序奏が終り、提示部では譜例16の第1主題が躍動的でかつ厳しさをもって現れる。この終楽章では上昇あるいは下降のオクターヴの跳躍音程が形を変えながら何度も現れる(譜例17)。

 展開部は3部からなり、第1展開部と第3展開部はいずれもハンマーの強打で始まる非常に闘争的な音楽である。第2展開部は譜例19の主題によるポリフォニックで峻厳な性格のものである。曲が興奮や緊張のクライマックスを迎えたところで、突然、譜例12の主題が現れて再現部になる。悲劇的な終楽章の中で、再現部の途中でも、はるか彼方からの音楽、あるいは永遠と向き合うような美しい瞬間もあり、このような場面では、やはりヘルデングロッケン、チェレスタ、ハープが登場し、譜例18の第2主題が、提示部よりも落ち着いたリズムのクラリネットの伴奏にのって、オーボエによって歌われ、現世への愛にあふれた非常に魅力的な瞬間をつくり出す。

 再現部の最後ではイ長調となって高みに達するが、突然タムタムの音とともに譜例12の主要主題、譜例1の動機がもどり、トロンボーン、チューバ、ホルンによる後奏とともに静かに曲を終えようとした、まさに最後の瞬間、イ短調の主和音が強奏されて、消えていく中でこの壮大な交響曲の幕が閉じられる。


おわりに

 マーラーの全作品の中で曲の完成度や内容の高さ・深さなどを考えると、交響曲第6番は、間違いなくマーラーの最高傑作の一つだと思います。同様に最高の傑作であってもマーラーが初演もできなかった交響曲第9番や「大地の歌」と異なり、マーラーはこの曲を3回指揮し、その都度、手を加えています。

 演奏が難しい、編成が大きすぎるなど困難は多々ありますが、交響曲第6番を演奏し、多くの方々に聴いていただけるこの機会を、伊勢管弦楽団として一度あるかないかという、かけがえのない貴重な機会として、関係する多くの方々への感謝をこめて、第38回演奏会に臨みたいと考えています。


伊勢管弦楽団  音楽監督 大谷 正人

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